サラリーマンになった学校の先生
先生は大きく分けて2種類の考え方があります
それは
労働者としての教師
聖職者としての教師
の二通りです
これは、学校だけではなく先生と呼ばれている人に適用されると思います
労働者論
これは学校の先生も労働者なのだから
もっと給与や休みを増やして欲しいなどの
労働者としての当たり前の権利を主張する教師です
もちろんストライキもしますが
子どもやお年寄りにとってはすごい迷惑です
自分勝手に労働者としての権利を主張して
教師として守るべき命をおろそかにしている
いわゆる自己勝手な論です
聖職者論
これは児童やお年寄り、利用者に対して
純粋にどうすればよくなるのかを考えている人です
自分の身を削ってしっかりと見守ってくれています
厳しくてもどこかにやさしさがあり
真の指導者であるという考え方です
教師として誰一人見捨てない
いわゆる聖職者的な論です
教師も働いているのだから自分の信念でよいのでは?
と思いがちですが、甘いです
先生は教え方が下手くそであっても
いつでも子ども達の味方でなければなりません
でないと、子ども達との信頼関係の確立や
愛着行動での子ども達からのサインを見逃したり
学級崩壊やいじめ・喧嘩などが絶えず起こります
労働者論を優先するとしても子ども達の事を
いつも考えないとこれらの事がいつでも起こりやすくなります
なぜ、労働者論の教師が増えるのかと言うと
小学校→中学校→高校→大学→教師
というふうに学校しかしらないのです
アルバイトやパートは社会経験にはなりません
例え本人が社会に出たといっても所詮アルバイトやパートには
責任が全くありませんので社会経験とは言えません
アルバイトやパートの責任というのは
本人が思うより凄く軽いものであり
責任を負う必要もないのです