机上の論
さて、前にもいいましたように、いじめの経験がない人間が
いじめについて言及するのは机上の論でしかありません
まずはいじめるのをやめてといじめっこに勇気を持って言いなさいと
必ずいいます
ですが、いじめられている人間には自己防衛が他人より敏感になっています
もし、やめてくれっていうと、今よりももっといじめられるのではないかと
かんぐり持ってしまいますし、現実にはその通りになってしまいます
いじめられている子どもでも2タイプに別れます
逃げたくはない
逃げたい
この二つしかありません
逃げたくない子どもは自分の力で生きていこうとします
その為、大人になってから人を信じることが困難になり
また、いつでもかまって欲しいのです
逃げたい子はすぐに何にでも逃げてしまいます
社会に出ても嫌な事があればすぐにやめてしまったり
生きている事からも逃げてしまいます
不幸な境遇で育ってきた子どもは自分が不幸と思いますか?
私も人の何倍も苦労
(面接等でかならず試験監より若いくせに何倍も苦労してるといわれます(自慢))
していますが、苦労を自慢にできるほど人生を笑い飛ばしています
そう、いままで挫折と苦渋は人の何倍も経験してきましたが
不幸と思った事は一度もありません
私が保育専門学校(以下保専)ですごく考えさせられた事は
ある県からはじめて神戸にやってきて一人暮らしを開始し
家に帰ってもおかえりと言ってくれる人がいないだけで
不幸と思っている凄く恵まれた人間
不幸とは人それぞれ基準が違います
不幸が大きければ大きいほど何かに逃げてしまい
不幸がなければないほどはむかっていきます
このことを学者は理解しているのでしょうか?